私たちは限りある中で、大自然に生かされています。

意のままにならない自然とともに生きていることを

私たちはともすると忘れています。

 

あなたが毎日食べるご飯はだれが作ってくれたのでしょう?

収穫までいったい何日間、何時間のどんな作業があったたのでしょう?

その米が育った田んぼを開墾し、守るために、

どんな努力があったのでしょう?

 

見えなかったものが見えてきます。

自然の中でていねいに生きている人の姿が見えてきます。

小さな米の一粒に、

地球環境と人との関係が見えてきます。

多くの電気製品を使うひとりひとりの生活をもう一度見てみましょう。

 

本当にこんなに電気をたくさん作らなければ

今の生活は維持できないのでしょうか?

もっとていねいに自分たちの暮らしを

モードチェンジできないでしょうか?

そんなことをふと立ち止まって考える。

そのきっかけをアタラタは創ります。

 

アタラタは、

見えにくいものに気づくことができる場です。


アタラタにいると、アタラタで食事をすると、

自分が大事にされていると感じます。

生産者は自分の仕事が大事にされていると感じます。

働いている人も自分が大事にされていると感じます。

 

人が大事にされているデザインはもっとも美しく

お互いをリスペクトする気持ちを育み続けます。

それこそが、しっかりとほどけにくくなる絆です。

 

東日本大震災のような大災害に見舞われたら、

アタラタは地域の人たちのシェルターになります。

水と塩と粉、そして薪があれば生命は維持できるのです。

アタラタは、消費者と生産者、加工者、そして周辺地域の人たちをも

強い絆で結ぶ場です。


一次産業を支えるには、

食品加工や流通販売が大切な鍵です。

食材を最大限に生かしたおいしいメニューの提供こそ

一次産業への関心を高めることにつながります。

 

それは、思い通りにならないものを相手にしながら

一貫しておいしい食物を生み出している人たちへの

信頼と尊敬にもつながります。

 

さらに、多くの障がい者や被災者が生きがいを感じながら

生産から加工、サービスまでの作業に従事しています。

生業とは生きがいを感じる仕事。

支えることがいつのまにか支えられている。

そんな関係でありたいとアタラタは考えています。

 

アタラタは、六次産業化のプロセスを通して

支え方を変えていきます。


農作物はある特定の期間に一斉に収穫されます。

消費しきれなかった分の作物もその旬のおいしさを封じ込め

乾燥加工して最大限に活用します。

 

東北の大地と人々が共に創り合った

特別な思いが閉じ込められた

Made in アタラタの瓶詰めや袋詰め。

最新の乾燥・加工技術や、伝統的な加工・保存技術、

背景にある人々の物語が

ひとつになって、新しいロクファームブランドが生まれます。

 

そして、アタラタに集まるみなさまや

志を同じくする方々とつながりながら

質の高いもの、

喜びを共有できるものを生み出していきます。

 

アタラタは、新しい価値をつくり出すインキュベーターです。


夢をかなえるためには、いろいろなやり方があります。

アタラタに関わるさまざまな立場の人が

発見し合いながら、楽しみながら、汗を流しながら、

幸せを実感できる場をつくり合う。

 

流行として消費されないスタイルで

持続できる地域や働き方、コミュニティを形づくっていく。

 

東北をあきらめないこと、

農業をあきらめないこと。

東北に生き、農業に生きる喜びを分かち合い

伝播させるために、多種多様な人たちが交流する。

 

それがアタラタの夢のかなえ方です。

 

アタラタはコミュニティの一員でもあります。

地域のみなさんの“クラブ活動”の場のように、

使いこなしてほしいと考えています。

 

アタラタは、ソーシャルな立ち位置で

コミュニティ同士をつなぎ、

幸せをつくり出す場です。


アタラタは東北の新しい流通経路を組み立てます。

アタラタが仕入れる農作物は

みんなが食べたくなるような魅力的な食材です。

本当においしいと思う。

知らなかったことを知る。

人の手間ひまや思いに気づく。

心からありがたいと思う。

 

人と人がつながる場では心の中でこんな事件が起こっています。

その事件は共感を生みます。

共感はまた、新たな人をつないでいきます。

作り手を変えるのも飲食店の考え方を変えるのも

消費者を変えるのも

“共感”です。

 

アタラタは、共感が生まれる場を目指します。